歴史ラジオの実況中継 第6回 鎌倉時代
- Shun
- 2023年10月11日
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更新日:5月9日

【歴史解説】鎌倉時代を完全攻略!「守護・地頭」から「元寇」まで
皆さん、こんにちは。歴史の学習において、鎌倉時代は「武士による本格的な政治」が始まった重要な転換点です。 入試では、「守護・地頭の役割」「御恩と奉公の仕組み」「元寇による幕府の衰退」が3大頻出ポイントとなります。
この記事では、プロ講師の視点で、試験に出る知識を構造化して解説します。
1. 鎌倉幕府の成立:なぜ「鎌倉」なのか?
1185年に平氏を壇ノ浦の戦いで滅ぼした源頼朝は、1192年に征夷大将軍に任命され、鎌倉幕府を開きました。
鎌倉を選んだ理由(天然の要塞)
三方が山(北・東・西)で、南が海(相模湾)に面しているため、敵に攻め込まれにくく守りやすい地形だった。
山を越えるために「切通し(きりどおし)」と呼ばれる道を作って往来した。
二重支配の構造
守護:国ごとに置かれ、軍事・警察を警察を担当。
地頭:荘園・公領ごとに置かれ、税(年貢)の取り立てを担当。
注意点: 当時は京都に天皇(朝廷)がおり、国司も存在していました。農民は幕府と朝廷の両方から税を取られる「二重支配」に苦しみました。
2. 武士の絆:御恩と奉公(封建制度)
将軍と家来(御家人)は、土地を仲立ちとした強い絆で結ばれていました。これを封建制度と呼びます。
御恩(ごおん):将軍が御家人に対し、領地の支配を認めたり、新たな土地を与えたりすること。
奉公(ほうこう):御家人が将軍のために、戦争が起きたら「いざ鎌倉」と駆けつけて戦うこと。
武士のたしなみ:馬に乗りながら弓を射る「流鏑馬(やぶさめ)」などの武芸に励んだ。
3. 北条氏の執権政治:1・3・8代を覚える!
源頼朝の死後、妻・北条政子の実家である北条氏が「執権(しっけん)」という役職に就き、実権を握りました。
① 三代執権・北条泰時(幕府の基盤)
御成敗式目(1232年):武士のための最初の法律。裁判の公平な基準を作ったことで、揉め事が減り幕府の支配が安定した。
② 八代執権・北条時宗(幕府の危機)
元寇(げんこう):モンゴル帝国(元)の皇帝フビライ・ハンが2回(文永の役・弘安の役)攻めてきた。
苦戦の理由: 元軍の「集団戦法」や火薬兵器「てつはう」に戸惑った。
結果: 防塁(石塁)での準備や暴風雨(神風)により、元軍は撤退。
幕府の衰退:防衛戦だったため「新しい土地」が得られず、戦った御家人に十分な恩賞(褒美)が出せなかった。生活に困った御家人のために徳政令(借金帳消し令)を出したが、かえって経済が混乱し、幕府への不満が高まった。
4. 鎌倉時代の社会と文化
生活が苦しく不安な時代だったからこそ、新しい技術や教えが生まれました。
農業と商業
農業:牛馬耕(牛や馬で田畑を耕す)や、草木の灰を肥料にする草木灰が普及。西日本では二毛作(稲と麦を交互に作る)が始まった。
商業:月に3回開かれる定期市が立ち、問(問丸)という運送業者が活躍した。
鎌倉新仏教(覚え方:念仏4つ+禅2つ)
「簡単で分かりやすい」ことが特徴。民衆や武士に広がりました。
宗派 | 開祖 | 内容・特徴 |
浄土宗 | 法然 | 「南無阿弥陀仏」と唱えれば救われる |
浄土真宗 | 親鸞 | 弟子の親鸞が「悪人正機(悪人こそ救われる)」を説いた |
時宗 | 一遍 | 踊りながら念仏を唱える(踊り念仏) |
日蓮宗 | 日蓮 | 「南無妙法蓮華経」と唱える(法華経が大事) |
臨済宗 | 栄西 | 座禅。お茶を日本に伝えたことでも有名 |
曹洞宗 | 道元 | ひたすら座禅を組む |
文学と美術
軍記物:『平家物語』(琵琶法師によって語り継がれた)。
随筆:『方丈記』(鴨長明)、『徒然草』(兼好法師)。
彫刻:東大寺南大門にある金剛力士像。作者は運慶・快慶。
まとめ
鎌倉時代は「承久の乱(1221年)」を境に、幕府の力が西日本まで及び(六波羅探題の設置)、「元寇」を境に幕府が衰退していくという流れを意識しましょう。文化面では、仏教の「誰が・何を言ったか」の組み合わせを完璧にするのが得点への近道です!
【参考文献】四谷大塚発行 予習シリーズ5年下
【著者】鈴木 俊(すずき しゅん)






