歴史ラジオの実況中継 第13回 江戸時代④
- Shun
- 2023年11月20日
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更新日:5月9日

【歴史解説】江戸幕府の滅亡:黒船来航から戊辰戦争まで
皆さん、こんにちは。江戸時代の最終回(第13回)、260年続いた幕府がなぜ滅亡したのか、そのドラマチックな幕切れを解説します。
いよいよ江戸時代のラストです。家康が作り、家光が固めた最強の組織「江戸幕府」が倒された大きな原因は、鎖国が終わることで国内が大混乱に陥ったこと、つまり「外国船の来航」と、力を蓄えた「有力な藩の台頭」が重なったことにあります。
1. 迫りくる外国の影と「打払令」
幕府は長年、鎖国を続けてきましたが、18世紀末からロシアやイギリスが「貿易をしてほしい」と日本にやってくるようになります。
ロシアの来航:1792年にラクスマン(根室)、1804年にレザノフ(長崎)が来航しますが、幕府は拒否しました。
北方探検:日本の周りを調べるため、近藤重蔵が千島列島を、間宮林蔵が樺太(島であることを発見)を調査しました。
異国船打払令(1825年):近づく外国船を大砲で追い払えという命令です。
モリソン号事件(1837年):日本人を助けてくれたアメリカ船を砲撃。批判した蘭学者の高野長英や渡辺崋山が処罰されました(蛮社の獄)。
アヘン戦争(1840年):清(中国)がイギリスに敗北。驚いた幕府は、打払令を緩め、水や食料を与える方針に転換しました。
2. ペリー来航と「不平等条約」
1853年、アメリカのペリーが浦賀にやってきます。目的は、捕鯨船の基地や、貿易の拠点を確保することでした。
日米和親条約(1854年):下田(静岡)・函館(北海道)を開港。これで鎖国が終了しました。
日米修好通商条約(1858年):大老の井伊直弼が朝廷の許可なく結んだ条約です。
港の開港:横浜・長崎・新潟・神戸・函館の5港。
不平等な内容:
領事裁判権を認める(外国人が日本で罪を犯しても、その国の法律で裁かれる)。
関税自主権がない(日本が関税を自由に決められない)。
3. 開国の混乱と倒幕の動き
貿易が始まると、生糸やお茶が大量に輸出され国内は品不足に。物価の急上昇や金の海外流出により、経済は大混乱しました。
安政の大獄と桜田門外の変:井伊直弼が反対派(吉田松陰ら)を処罰。これに怒った浪士たちが、井伊直弼を暗殺しました。
尊王攘夷運動:「天皇を尊び(尊王)、外国人を追い払え(攘夷)」という運動です。
現実を知る:薩摩藩は薩英戦争、長州藩は外国艦隊との戦いにより、外国の圧倒的な武力を痛感。「攘夷は無理だ、まずは幕府を倒して強い国を作ろう」と考えが変わります。
4. 幕府の滅亡:薩長同盟から戊辰戦争へ
薩長同盟(1866年):仲の悪かった薩摩(西郷隆盛ら)と長州(木戸孝允ら)が、土佐の坂本龍馬の仲立ちで手を組みました。
大政奉還(1867年):15代将軍徳川慶喜が、政権を朝廷に返しました。
王政復古の大号令:天皇を中心とする新政府の樹立が宣言され、江戸幕府は滅亡しました。
戊辰戦争(1868年〜):新政府と旧幕府軍の戦争です。
江戸城無血開城:勝海舟と西郷隆盛の会談により、江戸を戦火から守りました。
五稜郭の戦い:函館で旧幕府軍が降伏し、戦争が終結しました。
まとめ
江戸時代の終わりは、「条約の不平等さ」と「武士の力の逆転」を意識しましょう。 特に、不平等条約の内容(領事裁判権・関税自主権)は、明治時代の「条約改正」へと繋がる重要なポイントです。しっかり復習しておきましょう!
【参考文献】四谷大塚発行 予習シリーズ5年下
【著者】鈴木 俊(すずき しゅん)






