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歴史ラジオの実況中継 第11回 江戸時代②

  • 執筆者の写真: Shun
    Shun
  • 2023年11月20日
  • 読了時間: 4分

更新日:5月13日



【歴史解説】江戸幕府の改革と学問:お米とお金の150年戦争をプロが徹底解説!

皆さん、こんにちは。

江戸時代の第11回は、幕府が直面した最大の悩み「財政難」と、それを立て直そうとした「三大改革」、そして平和な世で花開いた「新しい学問」について解説します。

江戸時代の中期、日本は戦争のない平和な時代を迎え、人口が爆発的に増えました。経済が活発になり、人々がお金(貨幣)を使うようになりますが、幕府の収入は依然として「お米(年貢)」のまま。この「お米vsお金」のギャップが、幕末まで続く大混乱の原因となります。


1. 幕府財政の苦心:綱吉の極端な政治と新井白石

家光によって幕府の仕組みが完成してから約100年。最初の立て直しが始まります。


① 徳川綱吉(5代将軍):平和な世への転換

  • 生類憐みの令:動物を慈しむ目的でしたが、極端になりすぎて「お犬様」と呼ばれ、人々の生活を混乱させました。

  • 貨幣の質の低下:小判に含まれる金の量を減らして、無理やりお金の流通量を増やしました。一時的に収入は増えましたが、急激な物価上昇を招きました。


② 新井白石(儒学者):正論での引き締め

  • 綱吉の死後、儒学の教えに基づき、貨幣の質を元に戻しました。しかし、今度はお金が足りなくなる「デフレ」状態になり、経済は冷え込んでしまいました。


2. 徹底比較!幕府の三大改革と田沼の政治

入試の最重要ポイントです!「いつ・誰が・何をしたか」を整理しましょう。


① 享保の改革:徳川吉宗(8代将軍)

家康の政治をお手本にした、質素倹約の改革です。

  • 上米(あげまい)の制:大名に米を納めさせる代わりに、参勤交代を緩めました。(※これは後に大名が力を蓄える原因となります)

  • 目安箱:庶民の意見を政治に反映させるための投書箱を設置。

  • 公事方御定書:裁判の公正な基準を定めました。


② 田沼意次の政治:老中

「お米」ではなく「商業」に注目した、当時としては非常に進んだ政治でした。

  • 株仲間:商人の組合を公認し、そこから税金を取ることで財政を潤しました。

  • 長崎貿易の拡大:銅や俵物(海産物)を輸出して金銀を得ようとしました。

  • しかし、天明の大飢饉や賄賂政治への批判により失脚しました。


③ 寛政の改革:松平定信(老中)

吉宗の孫。田沼の政治を全否定し、再び厳しい質素倹約に戻しました。

  • 寛政異学の禁:幕府の学問所では朱子学以外の講義を禁止。

  • 厳しすぎたため、わずか7年で失敗に終わりました。


④ 天保の改革:水野忠邦(老中)

大塩平八郎の乱天保の大飢饉といった国内の動揺の中で行われました。

  • 株仲間の解散:物価を下げるために行いましたが、逆効果で経済が大混乱。

  • わずか3年で失敗しました。


3. 江戸時代の学問:日本を見つめ直し、世界を知る

平和な世の中は、人々の知識欲を爆発させました。


① 国学(こくがく)

外国(中国)の考えではなく、日本古来の精神を研究する学問。

  • 本居宣長:『古事記伝』を完成させ、国学を大成しました。


② 蘭学(らんがく)

唯一の貿易相手国・オランダを通じて入ってきた西洋の学問。

  • 杉田玄白・前野良沢:解剖書を翻訳し、『解体新書』を出版。

  • 伊能忠敬:日本全国を実際に歩いて測量し、驚くほど正確な日本地図を作りました。


③ 教育の普及

  • 武士は「藩校」で学び、庶民は「寺子屋」読み書きそろばんを学びました。これが日本の高い教育水準の土台となったのです。


まとめ

「三大改革」は、どれも根本的な解決にはなりませんでした。それは、世の中が「お米」から「お金」の時代へと変わっていたのに、無理やり古い仕組み(農業中心)に戻そうとしたからです。

この「無理な引き締め」が、農民の百姓一揆や都市の打ちこわしを招き、やがて幕府の権威が失墜していくことになります。

改革の順番(きょう・かん・てん)と、その合間の「田沼意次」という特異な存在。このリズムを意識して暗記していきましょう!


【参考文献】四谷大塚発行 予習シリーズ5年下

【著者】鈴木 俊(すずき しゅん)




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