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歴史ラジオの実況中継 第4回 平安時代

  • 執筆者の写真: Shun
    Shun
  • 2023年9月18日
  • 読了時間: 31分

ページ最下部に音声URLもご用意しております!耳で聞いて、目で追って、整理していくのが最も効果的です!それでは本文をどうぞ!


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皆さんこんにちは。シュンです。では第4回平安時代いきましょう。平安時代は結構覚えることがいっぱいありまして大変です。なんでいっぱいあるかというと、400年近くあるからなんですね。前回やった奈良時代は80年ぐらいだったので、大体4倍以上の長さがあるので覚えることがいっぱいになります。ただ、ちゃんとブロックごとに覚えていけばそんなにぐちゃぐちゃにならずに済むので、構造的にブロック単位でしっかり覚えていくということを意識していってほしいなと思います。


平安時代は大きく分けて4つに分かれています。まずはじめに天皇が中心に政治をしたブロック。その次に来るのが、藤原氏という貴族が政治をしたブロック。次に院政と呼ばれる上皇、天皇を辞めた人が上皇と言うんですけども、上皇が政治をしたブロック。最後に武士が政治をしたブロック、平氏が出てくるんですね。という4つ。天皇、貴族、上皇、武士という4つのブロックに分かれて覚えていけばそんなにぐちゃぐちゃにならないかなと思うので、一つずつしっかりと見ていきながら進めていきましょう。


ではさっそく38ページからいきます。まず平安時代はなぜ「平安時代」なんですかというと、これは平安京という都を新しく作って、それが政治の中心地になったからということになります。平安京は京都にあるので、京都府京都市に天皇が都を移してきたというところがスタートになります。前回の奈良の平城京から京都の平安京まで結構距離があるんですね。それまでは飛鳥から奈良とかなので、奈良県の中でコロコロ動いていたのが一気に京都まで来たのがなぜなのかというところから入っていきましょう。


ちょっと復習になりますが、奈良時代の政治の中心は天皇で、聖武天皇が頑張って政治をしていたと思うんですけど、そのときに仏教を厚く信仰して、仏教の力で世の中を治めていこうとしました。そうすると、当然仏教にどんどん権限を与えていったり権力を与えていっちゃうので、どんどん力をつけていくお坊さんとかも出てくるんですね。その中で出てきたのは道鏡さんという人でした。これはまずいと思ったので、政治を立て直すためにまず桓武天皇は都を移そうとしたんです。これはなぜかというと、ほかの貴族とかだったら今までの蘇我氏みたいに滅ぼせばいいんですけども、お寺ってやっぱり仏様とか信仰するものなので、それを滅ぼしちゃったりすると罰が当たっちゃったりするということもあるので、距離を取って離れてしまおうということで一気に京都まで来ました。桓武天皇が一番はじめにいきなり京都市じゃなくて、もうちょっと南にある長岡京というところに都を移そうとしたんですが、ちょっとこれはいろいろと事件とかがあって縁起が悪いということで、さらにすぐ10年後に平安京、今の京都市に変えましたというところになります。なので、桓武天皇はもう1回天皇中心の政治、前回勉強した律令政治に戻したかった、仏教の人が口出ししてこない政治にしたかったということでスタートをしたということになります。ただ、桓武天皇がやったことは実はそんなに覚えることはないので、この平安京に移しましたということと、あともう一つは、政治としては、国司の監督を厳しくしたということの大きく二つになります。

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