歴史ラジオの実況中継 第3回 奈良時代
- Shun
- 2023年9月12日
- 読了時間: 3分
更新日:5月13日

【歴史解説】奈良時代の重要ポイントを攻略!
奈良時代は710年に平城京へ都が移されてから、わずか80年ほどの時代です。 覚えることはそれほど多くありませんが、実は現代の日本の仕組みにも通じる「法律・税・土地」の土台が作られた非常に重要な時期でもあります。
今回は、試験で狙われやすい聖武天皇の政治や、農民を苦しめた税の仕組み、そして歴史を大きく動かすきっかけとなった土地制度の変化を解説します。
1. 日本のルールが完成した「律令政治」
飛鳥時代から目指してきた「天皇中心の政治」のルールブックが、この時代にようやく形になりました。
大宝律令(701年):唐(中国)の法律を手本に作られました。「律」は刑罰、「令」は政治の仕組みを指します。
二官八省(にかんはっしょう):中央の政治組織です。行政を担う太政官(だいじょうかん)の下に、左大臣や右大臣などが置かれました。
国・郡・里:地方を細かく分け、都から国司(こくし)を派遣して各地を治めさせました。
大宰府(だざいふ):九州に置かれた特別な役所です。外国との交流や防衛の拠点となりました。
2. 農民を苦しめた重い税:租・庸・調
天皇中心の政治を支えるため、農民には非常に厳しい税が課せられました。
① 班田収授法(はんでんしゅうじゅほう)
6歳以上の男女に口分田(くぶんでん)を与え、一生働かせる代わりに、死んだら国に返させる仕組みです。
② 入試に頻出する3つの税
租(そ):収穫した稲の約3%を納める(これは比較的軽かった)。
庸(よう):都での労働の代わりに、布を納める。
調(ちょう):地方の特産物を都まで運んで納める。
これに加えて、九州の警備にあたる防人(さきもり)などがありましたが、どれも旅費や食費は自己負担。農民の生活は「貧窮問答歌」に歌われるほど苦しいものでした。
3. 聖武天皇と仏教による国づくり
奈良時代の中心人物といえば、聖武天皇です。当時は病気や政治の争いが絶えなかったため、仏教の力で世の中を安定させようと考えました。
国分寺・国分尼寺:全国の国ごとに建てさせました。
東大寺(奈良):国分寺の総本山として、巨大な大仏を造りました。
行基(ぎょうき):大仏造りのために、民衆に協力とお金を呼びかけたお坊さんです。
4. 土地制度の転換点:墾田永年私財法
重い税に耐えかねた農民が田んぼを捨てて逃げ出したため、国は「やる気」を出させるための新しい法律を出しました。
墾田永年私財法(743年):新しく耕した土地は、永久に自分のものにして良いという法律です。
結果:お金や力のある貴族や寺院がどんどん土地を広げ、自分の私有地である「荘園(しょうえん)」を持つようになりました。これにより、「土地はすべて国のもの(公地公民)」という原則が崩れていくことになります。
5. 天平文化:国際色豊かな日本の文化
唐との交流(遣唐使)が盛んだったため、国際的な雰囲気を持つ文化が花開きました。
① 歴史書と和歌集
『古事記』『日本書紀』:日本の成り立ちを記した歴史書です。
『万葉集』:日本最古の歌集です。漢字を日本語の音に当てはめた「万葉仮名」で書かれました。
② 正倉院とシルクロード
正倉院(しょうそういん):東大寺にある、聖武天皇の宝物を収めた倉庫です。
校倉造(あぜくらづくり):湿気を防ぐ工夫が凝らされた建築様式です。
ペルシャ(西アジア)など遠く離れた国の宝物も残っており、当時の国際交流の広さが分かります。
まとめ
奈良時代を理解する最大のコツは、「聖武天皇が仏教で国を救おうとしたこと」と、「墾田永年私財法によって私有地(荘園)が認められ、国の仕組みが変わり始めたこと」の2点をセットで押さえることです。
また、貨幣である和同開珎や、当時の記録が残る木簡といったキーワードも記述問題対策として覚えておきましょう!
【参考文献】四谷大塚発行 予習シリーズ5年下
【著者】鈴木 俊(すずき しゅん)






